フランス発の写真雑誌「Fisheye Magazine」52号に新作「Reunite」を掲載いただきました。
今号は「日本人写真家」をフューチャーした大特集を組んでおり、様々な日本人写真家が紹介されています。
その巻頭を拙作「Reunite」が飾り、12ページの特集記事を組んでもらっています。
本作はこの「Fisheye Magazine」が初出で、このように大きく特集を組んでもらえて大変光栄です。
(新作「Reunite」は前作「The Absence of Two」のその後の物語をまとめた作品で、限定111部(特装版23部・通常版88部)のアーティストブックとして2022年11月18日に刊行を予定しています。事前予約の開始をただいま準備中です)
またこの「日本人写真家特集」に先立って「Fisheye Magazine」のチーフディレクターであるブノア・ボームさんが「La vie estune flammede bougiedans le vent」(意:人生は風前の灯火)という序文を書いています。
その中で彼は、日本人の感性や美学、日本の伝統、自然との関係、人間との関わり方、日本のカメラ業界の強さ、出版文化の厚み、荒木経惟や森山大道、細江英公、植田正治、杉本博司など海外でもよく知られた巨匠写真家のことなど、自分たち(西洋人)が日本について知っていることや思い込み、価値観を一旦横に置いて日本の写真を考えなければならないと言います。
それを踏まえた上で、日本では写真が「芸術」としてあまり認知されていないことを指摘します。
そのため日本の写真家は海外から評価を受けてから自国で認められることが多いとも言います。

だから日本人写真家が日本で「写真家」として生きていこうとすることは非常に無謀な冒険であり、まさに風前の灯火のように心許ないことだと語ります。
そうやって話を展開した後、なんと僕の話をし始めます。
ブノアさんと僕との出会い(僕たちが出会ったのは中国。広州国際空港からある小さな町に行くバスの中で偶然隣同士の席になったことから知り合った)そこから始まった交流、そして写真家としての僕のことや作品のことなどを引き合いに出しながら、「日本人写真家」の置かれた状況、日本人写真家が写す日本というものを考察する内容になっています。
(詳細は下記の翻訳文をご覧ください)
また本誌とは別に、今年第10回を迎える「KYOTOGRAPHIE国際写真祭」のメイン展示のひとつ、「10/10 現代日本女性たちの祝祭」を特集した別冊もついています!(こちらは日本語も!KYOTOGRAPHIE開催期間中に配布される予定だそうです!)
雑誌やギャラリーやフェスティバルをはじめとして写真芸術に関わるあらゆる活動を「Fishyeye」という事業として発展させてきたブノアさんはじめスタッフの皆さん。
フランスから遠く離れた島国の写真家たちの様々な仕事に注目し、こうして紹介してくれる機会を与えてくれることをとても嬉しく思います。
もう2年以上会ってないけど、会ったらワインで乾杯しましょうね。
本誌はネット販売では取扱可能なのでこちらをチェックしてみてください。
「Fisheye」ディレクター・ブノア・ボームによる序文(日本語翻訳文)
「人生は風前の灯火」
日本の特集となると簡単にできるものではありません。特に日本写真となると。
まず、世界との関係、意識との関係、モノとの関係、自然との関係、あるいは人間関係などが、私たちの知っているものとは違うことを受け入れなければなりません。
カメラ産業が強いから日本の写真はすごいとか、荒木経惟や細江英公、森山大道、杉本博司、植田正治などフランスでもよく知られた有名な巨匠写真家のことだとか、出版文化の盛んさだとか、そういう思い込みを忘れるのです。
日出ずる国において、写真は決して神聖な芸術ではありません。
この国で写真について語る上では、次のことを理解しなければなりません。
日本において写真作家は預言者(不可視なものを可視化できる存在)という存在として認知されておらず、常に海外からその評価と認識がもたらされてきたということです。
そのため、成功という風が吹かないまま、何年も写真という大きな探求を続けているアーティストが大勢います。
日本で写真作家になるということはクレイジーな冒険であり、無謀な賭けのように思われます。
私はこの国の文化、武道、食べ物を無条件に愛しています。それに加えて幸運にも日本人写真家と友達になることができました。彼の名前は吉田亮人です。
中国の奥地で5時間バスに揺られていた時、偶然にも彼と隣の席になったことがきっかけで出会ったのです。彼の話、彼のアプローチ、彼の感性には、言葉では言い表せないほどの感動を覚えました。
彼は自分の祖母と従兄弟との関係を長期に渡って撮影し、取り組んだことを話してくれました。
特に、彼のいとこが自殺したという悲劇的な結末を迎えた物語を前にして、私は人間の本質をこれほどまでにとらえることができる才能を感じたことがありませんでした。
彼とはその後、京都、東京、パリなどで何度も会いました。
その度に、彼の優しさ、謙虚さ、そして揺るぎない信念に心を動かされました。
彼の友人たちと京都の鴨川のほとりでビールを飲んだ夜のこと、彼の友人の一人が亮人のことを尊敬していると話していたのを覚えています。彼の友人たちは教師をしていました。亮人も同じく教師をしていました。しかし亮人はこの道を捨てて写真に専念するという”愚行”を犯し、英雄の地位を得たのでした。亮人は様々な国で出版や展示を行い、成功を収め、多くのプロジェクトを並行して行っています。
しかし、日本において彼のやり方は無謀で狂気の沙汰としか思えません。
このような背景から私たちはKYOTOGRAPHIE写真祭の10周年記念として、新しい日本人作家を祝福したいと考えました。
別冊で、今回KGで展示される10人の日本人女性写真家に焦点を当てます。
私たちは、日本の新しい情報とメディアの歴史について深く掘り下げました。
変化する日本を、陳腐で冗長な視点ではなく、そこに住む人々の魂の奥深くまで潜り込んで迫っていったのです。それは「人生は風の中の蝋燭の炎(風前の灯火)」という日本のことわざが思い出されるような旅でした。
私たちの存在は儚いものですが、写真家のユニークで美しい作品によって私たちはそれに永遠に触れることができるかもしれません。

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